サークル星合 公式サイト

ヘッダーのあしらい(サークル星合公式サイトへようこそ!)

聖女さま、セクハラされる 後編

「──お、やっと起きやがったか」

 ベルが目を覚ますと、知らない男があぐらをかいて座っていた。

「……えーっと、おはようございます?」

 空はもう白み始めている。
 起き上がろうとしたが、両腕が背中の方にくっついて動かない。
  今度は手首だけ縛られているようだ。

「呑気に挨拶なんざ、状況がわかってねえみたいだな」

「はあ。状況が全然わかってないので、説明おねがいしてもいいですか」

「ぷっ! あはははは!」

 ベルがそう言うと、男は吹き出した。

「はは、おもしれえ女だな! いいぜ、説明してやるよ」

 そんなことを言ったのは、先ほどとはまた違う男だ。
 ベルが寝ぼけ眼(まなこ)で周りを眺めると、三人の男たちに取り囲まれているのがわかった。
 あまりガラのよさそうな連中ではない。

「俺たちは『解放軍』の兵士だ。ペリゴール皇帝陛下の名の下に、この大陸を統一するため派遣された、神の軍勢さ。今はこの村の異教徒たちに、神の裁きを下している最中、ってわけだ」

「神の、軍勢……?」

 ベルが聞き返すと、もう一人の男がニヤニヤしながら頷いた。

「ああ、そうだ。俺たちの行いは、神さまから神託を受けたペリゴール皇帝陛下の名の下に、すべて許されているのさ」

「はぁ、なるほど。神さまがそう言ったのなら、あなたたちの行いはきっと、みんなの幸せにつながることなのでしょうね」

「……ぷっ、あはははは!」

 ベルがそう言うと、男たちは堪えきれないといった顔で笑い始める。
彼女には、男たちがなぜ笑っているのかわからない。
何かおかしなことを言ったのだろうか。

「……ああ、そうだな! みんな幸せになったと思うぜ」

「おい、もういいだろ。早くやっちまおうぜ」

「よく見りゃ、なかなかの上玉じゃねえか。村の娘よりは楽しめそうだ」

 男たちがなにやら相談を始めたので、ベルは不思議に思った。

「……? なんの話ですか?」

「俺たちは神の軍勢だから、こういうことをしても許されるっていう話だよ」

 男はそう言うやいなや、ベルの胸をがっしりと掴んだ。

「ひゃっ!? な、なにするんですかっ!?」

「おぉ、なかなかデカいな。しかもこの感触、下着も付けてないんじゃないか?」

 ベルは赤面し、なんとか男の手から逃れようとする。
 そんないじらしい動作が、ますます男たちの劣情を誘った。

「や、やめてくださいっ!」

「おい、お前だけズルいぞ。俺にも触らせろ」

「こ、困りますっ! わたしこれでも一応聖女なので、えっちぃのはちょっと……!」

「はは、バカ言え。格好もみすぼらしいし、こんなところで寝てる聖女さまがいるわけないだ――」

 その瞬間、男たちの動きが止まった。

「──? なんだ、この音……」

 不思議と、心の、魂の奥底にまで響いてくるような、鐘が鳴るような音が、男たちの耳に届いている。
  もしかしたらそれは、男たちが今まで生きてきた中で、最も清浄な音だったのかもしれない。

 音はすぐに止んだ。
  後に残ったのは、痛いほどの静寂(せいじゃく)だけだ。

「……あ? なんだったんだ、今の……」

「──なーんだ。ただの、神の名を騙(かた)る不届き(ふとどき)ものたちだったんですね。危ない危ない、神さまがいなかったら騙されてたところでしたよ」

 ベルは男たちの手を軽く振り払い、立ち上がった。
 彼女の両手を縛っていた縄の残骸が、地面に落ちる。

「なっ! お前、いつの間に縄をほどきやがった⁉︎」

「さあ、いつでしょうね。あなたたちが見てなかった間じゃないですか?」

 先ほどとはまるで違うベルの様子に、男たちは鼻白む。
  そんな中で、一人の男はすぐに冷静さを取り戻した。

「落ち着けよ。どうやったのかは知らねえが、また縛り上げればいいだけだろ」

「残念だけど、もう無理だと思いますよ。聴こえたでしょう? 鐘の音が」

「……あれが、何だってんだ」

「あれは神さまからの『この人たちは救済の対象なので、殺してください』というサインです。だから、あなたたちは殺しますね」

 あまりにも唐突なベルの言葉に、男たちは絶句する。
 その中で怒りをあらわにしたのは、先ほど真っ先に声をあげた男だった。

「聖女だかなんだか知らねえが、舐めたこと言ってんじゃねえぞ女ぁ! 上等だ、ぶち犯してやる!」

「じゃあ、まずはあなたからですね」

「なっ⁉︎」

 ベルは襲い掛かってくる男をひらりと躱(かわ)すと、右手で男の頭を掴み、身体ごと持ち上げた。
 そしてそのまま、食料庫の床に叩きつけたのだ。

 男の頭は木製の床を突き破り、ピクリとも動かない。
 ベルが男の頭から手を離すと、赤黒い液体が付着した右手が男たちの目に入った。
 どう考えても無事ではない。

「……おいおい、どうなってんだこれ」

「か弱い女の子だと思いましたか? 実はそうでもないんですよね」

「くそッ! 舐めるなっ!」

「おっ、おい!」

 男は剣を取り、ベルに向かって斬りかかる。
 ベルはあろうことか、男の剣を片手で受け止めた。

「なに⁉︎ 受け止めただと⁉︎」

「女の子にひどいことする人は、幸せ対象外なので。仕方ないですね」

 そのまま男の手から剣を取り上げると、それを半回転させて柄(つか)の部分をしっかりと握り直した。

「ま、待て──」

「えいっ」

 ベルの気の抜けた掛け声と同時に、横薙ぎの一閃が男の首に振るわれた。
 肉と骨を断つ鈍い音と共に、男の首から噴き出した血が、ベルの身体を汚していく。
 男の頭が地面に転がり、その身体は力なく崩れ落ちた。

「あちゃー。汚れちゃったよ。新しい服を拾ってこないと」

「……はは。まったく、冗談キツイぜ。こんな化け物がいるなんて聞いてねえぞ」

 最後に残った男は腰を抜かして、その場にへたり込んでいる。
  目の前にいる恐ろしい化け物から逃げられる手段は、もう残されていなかった。

「化け物だなんてひどいですね。聖女だって言ってるじゃないですか」

「聖女? 死神の間違いだろ……クソっ、腰が抜けちまって動けねえや……情けねえ」

「それは大変ですね。ほかに何か言い残すことはありますか?」

 男は震えながら、頭を地面に落として懇願する。
 その瞳には涙が浮かんでいた。

「……頼む。見逃してくれ。俺にはまだ、やらなきゃいけないことがあるんだ……」

「やらなきゃいけないこと、ですか?」

「……故郷の村に、足の悪い母親を残してきた。お袋を置いてこんなところで死ぬなんて、俺にはできねえ」

 『解放軍』などという大層な名前の組織に入ってはいるが、本来なら男は故郷の村で農作業を行なっていたような人間だ。
 それがなんの因果か徴兵され、こんな辺境で略奪まがいのことをさせられているに過ぎない。

 故郷に帰って、やり直したい。
 今の男の頭にあるのはそれだけだった。

「……なるほど。わかりました」

「え?」

 ベルは、左手で男の頭を抱き寄せた。
 それだけで、男の心には安心感が広がっていく。

「あなたのお母さんも、きっとわたしが幸せにしてあげます。だから大丈夫。安心してください」

「……そう、か」

「それじゃあ、おやすみなさい」

 男が最期に聞いたのは、そんな言葉だった。
 ベルの右手に握られた剣が、男の頭蓋を貫いたからだ。
 男は物言わぬ抜け殻となって、地面に倒れ伏した。

「さてさて。まだまだ鐘の音は鳴り止まないね。みんな殺さないといけないのかな」

 ベルの耳には、いまだに鐘の音が響いている。
 それは紛れもなく、ここで神の慈悲を受けなければならない人間が、まだ大量に残っていることの証左(しょうさ)であった。

「いつになったら、みんな幸せになれるのかなぁ……」

 道は、思っていたよりも遠く険しい。
 それでも、何としてでもやり遂げなければならない。

「とりあえず、目の前のことからコツコツと、だね」

「うわっ!?」

「な、何だお前!?」

 近くで、女の人に乱暴している男たちを見つけた。
 幸せ対象外だ。

 ベルは先ほど男たちにトドメを刺した短剣を持ちながら、笑顔で男たちに話しかける。
 それはまさに、聖女のような微笑みで。

「わたしはベル。神さまに代わって、みんなを幸せにする聖女です」

 さあ。救済の始まりだ。

▲TOP