ラインボートを出発する少し前のこと。
アレクとベルは、今後の方針についてのすり合わせを行っていた。
「……やはり。それしかないか」
「はい。これが一番確実な方法だと思います」
ベルの演説によって兵の数は増えているが、今は三十名ほどしかいない。
兵と言っても、つい先ほどまで村人だった者たちだ。
帝国の『解放軍』と戦いになったとしても、とても勝利できるとは思えない。
ましてや王都、王城に攻め入ることなど、現時点では無謀に過ぎる。
だから、
「『解放軍』の支配下にある村を解放していき、その村の村人たちの一部に協力を要請する……」
「彼らにとっても、『解放軍』は目の敵。それにアレク様がお願いすれば、断れる人はいないでしょう。もちろん、わたしも助力いたします」
たしかに、王子であるアレクに面と向かって兵役の断りを入れる者はいないだろう。
それにベルの詐欺師じみた話術があれば、協力を取り付けること自体はそこまで困難ではない気がする。
しかし、問題はもう一方のほうだ。
「それはわかったが、兵力についてはどうしようもないだろう」
「そこはわたしがなんとかします」
「相変わらずすごい自信だな。お前の腕が確かなのは認めるが……」
「今まで出会ってきた『解放軍』のレベルなら、三百人ぐらいまでなら大丈夫です。村一つにそれ以上の兵力が駐在しているなら、少し怪しくなってきますが……まあ大丈夫でしょう」
そんなことを平然と言ってのけるベル。
アレクは頭が痛くなってきた。
「あー。わかったわかった。お前はすごいな」
「えへ。ありがとうございます」
少しだけはにかむベルを見て、アレクは妙な気分になった。
自分でも理解に苦しむその感情をひとまず置き、アレクは言葉を続ける。
「やはり、すぐに仕掛けるべきだと思うか」
「はい。ポルダに行って協力を要請してからだとか、悠長なことを言っている場合ではありません。時間が経てば経つほど、ランデア人の『解放軍』への憎しみは薄れ、ランデアを取り戻すのが難しくなります」
「うーむ……」
アレクはまだ悩んでいた。
ベルが言うことも一理ある。
鉄は熱いうちに打てという言葉もある。
時間が経てば経つほど、人間というのは慣れてしまう生き物だ。
『解放軍』による統治が当たり前になれば、ランデア人はその環境に慣れてしまうのではないか。
「大丈夫ですよ。アレク様」
「……ベル?」
ベルが、アレクの手を優しく握っていた。
「わたしが、皆を必ず幸せにしてあげますから。もちろん、アレク様もですよ」
「……はっ。なんだそれ」
「わたしは皆を幸せにしなければいけないので、それまでは死なないということです」
「――そう、か」
言葉が詰まった。
何かを言おうとした気がしたのに、それが何だったのか思い出せない。
どうせ、大したことではなかったのだろう。
「なら、僕も約束しないといけないな」
「ひゃっ!?」
アレクはベルの手を、優しく握り返す。
少し握り返したぐらいで、そんなに驚かないでほしいと思いながら。
「皆が幸せに暮らせる国をつくる。それを必ずお前に見せてやる。だから僕も、それまでは絶対に死なない」
「言いましたね? 約束ですからね?」
「ああ。僕は約束を守る男だ」
結局、最後の一押しはそんなことでしかなかった。
何もしなければ、『解放軍』の統治体勢が盤石になり、次にポルダが狙われるときの拠点になるだけ。
それならば、賭けに出たほうがいいと思ったのだ。
こうして、アレクとベルの『解放軍』への反撃方針が決定したのだった。