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聖女さま、尋問する

 突然のベルたちの来訪に、村人たちは最初戸惑っていた。
 たしかに、村で狼藉を働く『解放軍』に恨みはある。消えて欲しいと願っていた。その感情に嘘はない。
 だがもし『解放軍』に逆らったことが明るみに出たら、自分たちも処刑されるのではないか。
 そう思っていた。

 しかし、聖女ベルと王子アレクの演説を聞いて、彼らは思いだした。
 ランデアはランデアの人々のものだと。こんなことは間違っていると。
 間違っていることを許すわけにはいかない。だから立ち上がるのだと。
 ある者は涙を流し、ある者は胸を高ぶらせながらそれを聞いていた。

 ずっと続くと思っていた暗黒の日々に、たしかな光が差すのを感じたから。
 動きを止めていた時が、動き出す予感がしたから。

 そんな人々の表情を見た聖女は、微笑んでいた。
 ただ、ずっと、微笑んでいた。



 ――――――――――――

「あー、疲れた。みんなの前で話すと疲れるね」

 演説からしばらく後、ベルは『解放軍』の捕虜たちのもとを訪れていた。
 後ろ手に縛られており、兵たちが見張っているため、まず逃げ出す心配はない。
 その数は二十人ほど。残りはベルかアレク率いる部隊に殺されてしまった。
 欲を言えば部隊長の男は生け捕りにした方がよかったような気はするが、殺してしまったものは仕方がない。

「ベル様。何をするおつもりですか?」
「尋問です。簡単なものですが」

 尋問という言葉を聞いた兵が、眉を顰める。
 しかし、それも必要なことなのだろうと自分を納得させた。
 ベルの武勇が優れているとはいえ、今の自分たちは『解放軍』と比べれば豆粒のようなものだ。
 勝率をあげるためには、どんな手段でも使ったほうがいい。

 ベルは大斧を手に、捕虜の一人の前に向かう。
 捕虜の男は、胡乱げな目つきでベルのことを見ている。

「尋問って言われてもよ……俺が知ってることなんてほとんどねぇぞ」
「ランデアの各村、街に派遣されている部隊の人数と、王都に常駐している『解放軍』の人数。大まかにでもいいので教えてください」
「おいおい、俺らは下っ端だぞ? さすがにそこまで知らねえよ」
「そうですか」

 捕虜の男がそう言った瞬間、男の頭が消失した。
 ベルの放った大斧の一撃が、男の頭を抉り取ったのだ。

 辺りにいる兵士たちは、そんなベルの凶行を唖然とした表情で見ている。
 何が起きたのかわからないというような表情だ。

「じゃあ、次の方。あなたはわかりますか?」
「ちょ、ちょっとまってくれ。嘘なんてついてない! 本当に知らないんだ!」
「そうですか」

 男の言葉を聞き届け、ベルは大斧を振るう。
 骨と肉が潰れる鈍い音が響き、男が静かになった。
 そこに至り、ようやく兵士たちは思い知った。
 目の前にいる少女が、正真正銘本物の、恐ろしい化け物なのだということを。

「じゃあ次ですね」

 化け物は何事もなかったかのように、次の生贄の前に立った。
 少女を目の前にした男は、あまりの恐怖に声を出すこともできない。

「ランデアの各村、街に派遣されている部隊の人数と、王都に常駐している『解放軍』の人数。ご存知ですか?」

 少女は先ほどと同じ質問を繰り返した。
 答えられなければ、男の命はない。
 それが嫌でも理解できたから、男は口を開かざるを得なかった。

「む、村にいるのは俺たちと同じぐらいの大きさの部隊だ。街は五百はいかないぐらい、ランデアの王都にいるのはおそらくだが一万ってとこだ。たのむ、これで見逃してくれ……」

 男が大まかな数を答え、目の前の少女に懇願する。
 少女はそんな男の頭を、穏やかな微笑みを浮かべながら撫でた。

「ひっ!」
「よく話してくださいましたね。ありがとうございます。あなたは見逃してあげましょう」
「……ほ、本当か?」
「ええ」

 少女が拘束を解くと、男の両手が自由になった。
 男は自分が自由の身になったことが信じられない様子だったが、それを認識するとすぐに逃げ出した。
 ベルはそんな男の姿を微笑みながら見送ると、残りのものたちに向き直る。
 化け物に認識されてしまった男たちは、身体を恐怖で震わせた。

「ひっ! し、知ってることならなんでも話す! だから頼む! 見逃してくれ!」
「うーん。そうですね。それじゃあ一人ずつ個別にお話をお伺いしましょうか。みなさん、連れて行ってもらえますか?」
「わかりました」

 まるでそれが名案だとでも言うかのような口調で、少女が手を合わせる。
 少女の命令を聞いた兵士達が、男の一人を無理やり立ち上がらせ、部屋の外へと連れていく。
 それはまるで、処刑される罪人が断頭台に連行されるかのような光景だった。

 恐怖で顔をぐちゃぐちゃにする男たちを前に、ベルはずっと微笑んでいた。



――――――――――――――――――――――

 村のはずれで、ベルは焚き火の炎を見つめていた。
 既に日は落ち、黒煙が夜空に舞い上がっている。
 満点の星空が広がるはずの空は、勢いよく燃え上がる炎の煙のせいでよく見えない。

「…………」

 地面に膝をつき、祈りを捧げる。
 道の途中で力尽きてしまった魂が、神さまのところに帰れるように。

 彼らは誰一人として、自分の死を認識することなく死んだ。
 それが、鐘が鳴った人間にベルができる唯一の救済である。

 ベルが一人だけ逃がした兵士も、逃げた先にいた村人たちに捕まり悲惨な最期を遂げた。
 それだけ恨まれるようなことをしたのだから、因果応報と言えるかもしれない。

 どれだけ協力的な態度を取っていようと、彼らは罪を犯した。
 決して許されない罪を。
 罪は裁かれなければならない。
 神の意思を汲み、救済を与えるのはベルの役目でもあるのだから。

 轟轟と燃え上がる火を見ていると、後ろに気配を感じた。

「神に祈りでも捧げているのか?」
「はい。彼らの魂が安らかに眠れるように」

 ベルの言葉に、声の主――アレクは鼻を鳴らす。

「そいつらは敵だっただろう。それでもお前は祈るのか?」
「死んでしまえば、罪も何もありません。わたしは彼らも幸せにしなければいけませんから」
「殺されている時点で、幸せも何もないと思うがな……」

 アレクはベルの隣に腰を下ろす。
 その瞳には、複雑な色が浮かんでいる。

「なぜ僕を呼ばなかった」
「……? なんのことですか?」
「とぼけるな。この死体の数はなんだ? 『解放軍』の捕虜たちはどこへ行った? 正直に答えろ」
「尋問したあと、全員わたしが処刑しました。何か問題がありますか?」

 ベルがそう答えると、アレクは難しい顔になった。

「……いいか、ベル。捕虜には捕虜としての使い道がある。全員殺してしまうのは、悪手だ」
「罪を犯した人間は、裁かれなければなりません。彼らがこの村の人たちに何をしたのか。アレク様もわかっているんじゃないですか? わたしから詳細に説明する必要がありますか?」
「そういうことを言っているんじゃない!」

 ベルは驚いた顔で、声を荒げたアレクを見る。
 それは彼女にとって、想像もしていなかった反応だった。

「……そういうことを言っているんじゃない。ベル。どうして尋問の時、僕を呼ばなかったんだ?」
「それは……」

 再度の質問に、ベルは即答ができなかった。
 なぜあのときアレクを呼ばなかったのだろうか。
 理由はわからない。
 ただ漠然と、これはアレクではなく自分がやるべきだという思いがあった。

「僕に覚悟がないと思ってるのか? 汚い仕事はすべて自分がやればいいと? どっちにしろ、ひどい傲慢だぞ」

 アレクの瞳に映るベルの姿は、とても小さく見える。
 それはまるで、大人に怒られた子供のようで。
 そこに至って、ベルはようやく自分が怒られているのだと認識した。

「いいか、よく聞け。僕に協力してお前がやったことは、僕がやったことでもある」
「アレク様も……?」
「そうだ。お前の手が血で汚れたのと同じように、僕の手も血で汚れたということだ。だからもう、一人で全部やろうとしなくていい。お前がしたこと、これからすることは、全て僕も背負う」

 アレクの瞳には強い覚悟の光が宿っていた。
 ランデアの王都を解放するためには、敵味方ともに犠牲が生まれるのは避けられない。
 そしてその犠牲は、自分が生み出す犠牲なのだ。
 その事実から目を背けてはいけない。
 ましてそれを、他の誰かに背負ってもらうなどあり得ない。

「お前が奴らから聞き出したことを、全て聞かせてくれ。全てだ」
「……やっぱりアレク様は、わたしが思ったとおりの人でした」
「ん? どうした?」
「いえ、なんでもありません」

 ベルは破顔して、懐から折れ曲がった地図を取り出した。
 見慣れないものを取り出したベルに、アレクは訝しげな目を向ける。

「どこで手に入れたんだ、そんなもの」
「部隊長の懐に入ってました。ちょっと破れちゃってるんですけど」

 ベルは地図を広げ、アレクに見せる。
 至るところに書き込みの跡があるが、字が汚いせいで何が書いてあるのかはわからない。

「まず、『解放軍』は既にほとんどランデア全域をその支配下に置いているようです」
「だろうな……。ラインボートが占拠されていた時点で、奴らの魔の手がかなり広範囲に広がっているのはわかっていたが、そうか……」

 アレクとしても、予想していたことではあった。
 予想していたことではあったが、実際に事実を突きつけられるとまた違う。

「一つの村に駐在しているのは一部隊――多少バラつきはあるかもしれませんが、規模で言えば数十人程度でしょう」
「数十人…今の僕たちとほとんど同じぐらいの規模か」
「はい。それくらいであればなんとかなります」

 実際にほとんど一人でなんとかしてしまったベルが言うと、説得力がある。
 頼もしい聖女さまをどこか遠い目で見ながら、アレクは呆れたように嘆息した。

「しかし街になると、また話が変わってくるのだろうな」
「そうですね。街と呼べる大きさの場所だと、部隊が十程度、ざっと五百といったところでしょうか。このくらいの規模になってくると、さすがにわたし一人では少し厳しいのではと思います」
「それでも『少し』なのか……」

 割と本気で、勝算がないことはないような言い方をするベル。
 なんとも頼もしい限りだ。

「――でも、王都は現状どうにもなりそうにありません。彼らの話によると、王都に駐在している『解放軍』は一万人程度。現在はポルダ攻略に向けた最大の拠点となりつつあるようです」
「……なるほど、な」

 『解放軍』はやはり、ヘルネ、ランデアだけでは飽き足らず、ポルダまでもその手中に収めようとしている。
 歯痒いが、今の自分たちにできることは少ない。
 ベルがいなければ、王都どころか村の一つを攻略することすら難しいだろう。

「ポルダ攻略のため、『解放軍』はどんどん東へ……つまり今わたしたちがいるあたりまで兵を進めているはずです」
「そこまで急いでポルダ攻略に乗り出すものだろうか? 長きに渡る戦いで、兵たちは消耗している。十分な準備もできていないだろう」
「兵士たちの話を聞いた限りだと、皇帝はそうは考えていないようです。まず間違いなく、すぐにでもポルダ攻略に乗り出します」
「ふむ……」

 実際に兵士たちから話を聞いたベルがそう言っているのなら、ペリゴールの方針はベルの意見に近いものなのだろう。

「しかしアレク様のおっしゃる通り、兵は消耗しており、万全とは言い難い状態です。そこにわたしたちが叩く隙ができます」
「叩くと言ってもな……どうするつもりだ? 僕たちはまだ、百人にも満たない小さなレジスタンスだ。正面から戦っても……」
「ええ。なので、一旦やり過ごしてから。彼らは物資調達のために、必ずここに立ち寄ります」

 ベルは、地図のある一点を指差した。
 地図を見たアレクは、すぐにその街の名に思い至る。

「――デムロム」
「はい。彼らはここを、ポルダ攻略に向けた中継拠点とする計画を立てています」

 デムロムは、ランデア東部に位置する大都市だ。
 元々銀の産地として有名だったが、銀の鉱脈が枯れた後はポルダとの交易の中継地として栄えてきた。
 その立地、物資量としても、拠点とするには申し分ない場所である。
 『解放軍』が目をつけるのも合点がいく。

「今のところ敵を逃がしていないですし、わたしたちの存在はまだ『解放軍』に認知されていないはずです。そうなると、ランデアを完全に攻略したと考えている『解放軍』としては、デムロムに大量の兵を置くことはせず、ポルダ攻略のために回すでしょう。そこに付け入る隙ができます」
「なるほど……デムロムを取り戻すことができれば、ポルダに向かった兵士たちは帰る場所がなくなる……。それにポルダが実際に奇襲を受ける事態になれば、僕たちからの交渉もやりやすくなるな」

 ポルダとの交渉を行うにしても、こちらもそれなりの力を示す必要がある。
 今の状況では、アレクたちが交渉相手と認識されることすらないかもしれない。
 しかし、デムロムを解放した実績があれば。

「はい。今すぐには厳しいですが、デムロムを取り戻した実績があれば、ポルダ側も交渉のテーブルにつかないわけにはいかなくなる。そこでいかに有利な条件で協力を得られるかは、アレク様次第ですね」
「わかっている。必ず成功させてみせるさ」

 とはいえ、全てはデムロムの解放が前提の話になる。
 それを乗り越えなければ、王都の奪還など夢のまた夢。
 そのためには、人と情報がもっと必要だ。

「近くの村を解放しながら情報を集め、デムロムから兵がポルダに向けて出発したという情報を入手した段階で動くのがいいだろうな……。尋問の方法はお前に任せるが、その時は僕も同席させてもらう」
「はい。これで当面の目標は決まりましたね」
「ああ……」

 ――デムロムを解放する。
 王都奪還に向け、それがアレクが最初に乗り越えるべき壁となるのだろう。

 小さな火が灯ったのを、アレクは感じていた。
 これからさらに大きな炎となって、『解放軍』を燃やし尽くすことになるであろう、小さな火が。
 その火が何をもたらすのかは、今はまだわからない。

 その夜、二人の話す声が止むことはなく。
 星空だけが、煙の隙間から二人の様子を見つめていた。

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